2019年11月20日水曜日

今年の弘前城菊と紅葉まつり(1)

 今日の津軽地方は強い冬型の気圧配置で平地でも積雪5cmほどあった。朝起きたら一面の雪景色である。本格的な冬がやってきた。公園の菊と紅葉まつりが終わってから1週間ほどたったが、遅ればせながら、祭りの様子をお知らせします。
ソメイヨシノは広葉樹だから紅葉するとは思っていたが、子供の頃桜の紅葉がこんなに見事だと知らなかった。
特に外濠の桜並木の紅葉は見事です。
(市役所前の外濠の紅葉)
これだけでも紅葉まつりの主役になっても良い気がする。
小学校の授業で落ち葉拾いをしたことがある。
それ以来落ち葉拾いが好きで、本の栞代わりにしたこともある。さくらの落ち葉がお濠に浮かんでいる姿も私は十分に美しいと思います。
同じアングルで桜が満開から散り始めた頃。ピンクの花びらが濠に浮かび浮かぶ姿に「花筏」と名付けられました。ある航空会社の人気投票で「世界の絶景100」に日本からただ1つ選ばれたのが、この場所の桜の絶景なんです。
(ここは追手前の外濠です。)
弘前城で紅葉と競い合う菊の大輪が
まつりの入り口でお出迎えです。


2019年11月12日火曜日

「ざる菊花見会」秋の風景

神奈川県中央部の相模原の「ざる菊花見会」をご紹介します。 11年ほど前神奈川県で「ざる菊」なる花の栽培が始まり、我が地域でも農家やその経験者の方が中心となり、同好の士の集まりが出来ました。
 新磯のザル菊の看板となっているざる菊畑、右下より左上方面を撮影したカットです。畑は西向き暖斜面のため、午後から夕方によく写ります。


左下より右上方面を撮影したカットです。約2反の広さに1200株のざる菊を植え、当初、菊はあまり花見をする花ではないという思いが有りました。 しかし最近では地域イベントの最後の行事として楽しみに来られる方も多くなり、すっかり定着して来たようです。


 毎年10月末から11月初旬にかけて、満開時期を迎え、主として黄色、赤、白の株が栽培されます。 その他の色も有りますが、気候の影響で、花期がズレたり、形に難が出たりしますのでアクセント程度に使用します。



 ざる菊との名前は30年程前から小田原の辺りで栽培を開始した方が付けた名前です。場所によっては小菊とかボサ菊と言われる同系の花も栽培されています。 この菊の原種は明治時代に東洋からヨロッパに伝えられた懸崖菊の一部と言われ、庭一杯に咲かすために1970年代に品種改良され、ヨロッパで爆発的に栽培されたものが、日本に帰国したものとされます。

最後は今年のテーマ入りの会場画像です。花見会後半に公開されるこの画像は皆さんに大変興味を持たれますが、特に今年は話題になっていたようです。 弘前には関わりない話題で申し訳ありません。こちらの地域でもこんな風にやっていますとご理解頂けると幸いかなと思います。

新磯のざる菊

2019年11月6日水曜日

晩秋の十和田湖(⑤奥入瀬渓流へ)

今日の十和田湖はいつもと逆コース、帰りは子ノ口から奥入瀬渓流に入る。
 休屋、子ノ口間の遊覧船の発着口子ノ口の船着き場です。
子ノ口は奥入瀬渓流の遊歩道の発着点でもあります。また
昔、弘南バスが十和田西線と言い弘前、子ノ口間の定期バスを運行していました。今は廃線になっています。
奥入瀬渓流の散策を楽しむ人びと
渓流の一番の見どころ「阿修羅の流れ」。いつもここではカメラマンが待機し、画家も絵筆を走らせる光景がみられます。
帰り道は平日とあって、渋滞もなく黄葉のぶな林のなかを爽やかに走りました。





晩秋の十和田湖(④乙女の像)

 十和田湖畔での一番の賑わいは休屋である。湖上遊覧船の発着場であり、ホテル、お土産屋、お食事処が軒を並べている。そのシンボル的な存在は「乙女の像」である。
乙女の像の建つ湖畔の散歩道。「御前ヶ浜」岸辺の山はマダラ模様の紅葉です。
高村光太郎作「湖畔の乙女」。妻の智恵子がモデルと言われる。高村光太郎は教科書での「道程」(私の前に道はない、私の後ろに道はできる。、、、)智恵子抄では「東京には空が無いと智恵子はいう。」などわかりやすく馴染みの詩人で
彫刻家。智恵子亡き後の晩年は岩手県で自給自足の生活を送ったという。この像はその時の制作のような記憶がある。
実は十和田湖は最近の不況で観光客が激減。湖畔の大規模ホテルも閉鎖が相次いだ。湖上遊覧船も減便され、運航中止の声も上がった。しかし今は便数を減らして運行しているようだ。
今から数年前、さんきゅう会の仲間で十和田湖に遊んだ。
 その時は、ゴルフ組と奥入瀬散策組に分かれた。
 私は後藤正紀君、松井志津彦君と森山豊三君の4人で奥入瀬渓流を歩き、子ノ口から休屋まで遊覧船に乗った。新緑の頃であったが天気にも恵まれ素晴らしい景色を楽しんだ。

晩秋の十和田湖(③十和田神社)

十和田湖に行ったことがあっても、十和田神社と占い場には案外お参りをしていないのではないだろうか?昨今はパワースポットの神社巡りがブームになっているので少し案内しよう。
観光客で賑わう乙女の像の裏手に、鬱蒼とした樹々に包まれてその神社はある。














荘厳な雰囲気のいくつかの鳥居をくぐり石段を登り、息を切らしたところに神社の拝殿はあった。
神秘の湖十和田湖の守り神「十和田神社」。創建は平安時代
807年、坂上田村麻呂が東夷征伐の際、「日本武尊(ヤマトタケルノミコト)」を祀ったという。その歴史や千二百年以上といい、霊験あらたかなることこの上ないのである。
そして占い場へは、さらに拝殿裏の山道の石段を登る。
そこには小さな祠があり、はるか眼下には湖が見える。
下ったところには占い場があるのだが。
そこにたどり着くには断崖に掛けられた、鉄ハシゴを
降りなければならない。幸か不幸か本日は通行止めとなっていた。独身時代、彼女と二人で励まし合って降りたことがあるが、その彼女とはそのどうなったでしょうか?
ご想像に任せます!いずれにしろ、青森県では岩木山神社以上の、恐山と並ぶパワースポットと言われています。

晩秋の十和田湖(②十和田ホテル)

発荷峠を下り和井内貞行の和井内から、西湖の丘に佇む、十和田で一番由緒、格式の高い十和田ホテルへ向かう。
私がこのホテルを知ったのはずっと後のことである。
十和田ホテルは昭和14年にオープンした。(我々の生まれる前)今は国登録の有形文化財となっている。北東北3県の宮大工が秋田杉をふんだんに使いその技を競ったという。
昭和15年に開催予定の東京オリンピックの前に、外国人旅行者のために政府の要請で建てられた。(しかし東京オリンピックは戦争の影響で幻となったのです。)
宿泊しなくても、ランチをしたり、湖を望みながらの露天風呂を楽しみ、宮大工の芸術的な建築を楽しむことが出来る。
今日はまだ時間的に早かったので、静寂な湖の散策を楽しむ
落ち葉ハッパフミフミの自然遊歩道が整備されている。
静寂な湖沿いを自然に包まれながら散歩できます。
この水の清らかさを見て下さい。
昔のレジャーボートの桟橋も残っています。
真赤な紅葉は少なく黄葉が多いですね。
所によるがいくらか赤茶色た紅葉です。対岸の山肌は
赤くなっているようですが、目の覚めるような真っ赤な紅葉は少なく、黄葉が多いですね。







晩秋の十和田湖(①発荷峠)

 もう行かないと十和田湖の紅葉は終わってしまうと思い
十月の終わりに十和田湖に向かった。弘前から十和田湖への
コースは色々あるが、一番早いのは秋田県側、高速を使って
発荷峠に出るコースで、峠まで自宅から1時間15分で到着する。
昔は鉱山町として栄えた小坂町を経由して発荷峠へ向かう道。黄葉が茶褐色になっいた。
発荷峠は標高631mもあるので、広い湖の展望台に適している。
十和田湖の展望台の中で一番好きな場所です。この日は生憎の曇天で湖の色は今いちですが、この姿を見ると心が洗われスカッとします。
十和田湖は二重式カルデラ湖で複雑な形をしている。湖に突き出している2つの半島、これは中山半島です。岩手県の八幡平の八幡太郎が竜になった伝説、竜の尻尾の形をしています。
中山半島の後ろに見えるのが御蔵半島。竜の頭です。湖上遊覧船に乗れば、血に染まった、赤い地層が見えます。