2010年7月25日日曜日

大円寺の宵宮












昨夜(7月24日)は大円寺宵宮だった。S君と鍛冶町で飲む約束があって出かける予定だが、早めに出かけて、お参りをした。




 弘前の宵宮で人出が3本の指に入る大円寺の宵宮。特に五重塔で馴じみもあるが学校の行きかえりに遊んだ人もいるのでないか。 




 大円寺は大鰐町に移り、ここは今は最勝院となっているが弘前では小さいころから大円寺と呼び習わしている。




 中学の時、友人に家の夜宮の夜に招待されてごちそうになった。昨夜もテントがけの出店がたくさん並び、チョコバナナを食べたり、金魚すくいをしたり、子供には本当に楽しいものでした。








2 件のコメント:

  1. 大円寺の宵宮は大きかったですね。
     ここの「大円寺」「最勝院」「八坂神社」の関係は、わかりにくかった。
     寺と神社の間に仕切塀ができて、区分はわかったが、見た目は悪くなりました。
     

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  2. 大円寺はもともと津軽氏発祥地、種里にあったものが為信とともに弘前に移って来た。そして五重塔も建てられた。明治初期の神仏分離により大鰐の蔵館に移される。
    そのあとに八幡宮の別当寺院であった最勝院が移って来た。神仏分離で八坂神社と離され、大鰐に移された大円寺のあとにまた仏教(真言宗)の最勝院が入ったというのはどういうことなのか?神仏習合で仲が良かったたが今は塀を回して関係が悪化しているようです。さんきゅう会の対馬千尋君の姉さんが最勝院住職の奥様です。

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