2021年11月14日日曜日

弘前もそろそろ初雪か?

  昨日11月13日のアップルロードからの岩木山です。

 今年の岩木山の初冠雪は10月17日。平年より4日早く、昨年よりは19日早かった。
 弘前の初雪は昨年は11月9日、一昨年は11月14日だった。
そろそろ弘前も初雪が降ってもおかしくない。
 岩木山の山頂もこのところ、ずっと雲に覆われていた。時折、晴れ間から顔を現すと8合目から上は雪に覆われている。
 徐々に雪も麓の里に下り来て、あっという間に一面の銀世界となる。





2021年10月9日土曜日

久しぶりのふるさと便り「漣のまひるのシャンソニエ」を堪能

 本日午後2時から、弘前桶屋町のシャンソン酒場「漣」で真昼のシャンソンを楽しんだ。青森から長尾光洽君、弘前は木村公美君、永井雅廣君に私ターザンの音楽好きの4名である。

帰り道に本町の対馬暢さんのお店に立ち寄った時、この頃ブログが更新されてませんねと言われ、ブログを気にかけている人も居るんだと今日のシャンソンをアップする気になりました。 このところ、コロナの影響で弘前の夜の鍛冶町は全く元気が無い。さんきゅう会の「のんべえ」も特に「カーニバル」閉店以来、夜に繰り出すことが全くと言っていいくらいなくなった。

そんな時、鍛冶町のまだ先の桶屋町。場末の「漣」というシャンソン酒場が「まひるのシャンソニエ」を企画した。

このところ生の音楽を聴く機会が全くないのでこれをチャンスに気晴らしと、昔の音楽フアンが4人集まった。

メンバーは左から永井君、木村君、ターザン、長尾君です。

シャンソン歌手は秋田漣さん。ピアノは青森の小松さん。クラリネットとサックスの奏者は五所川原の長谷川さんとチョコット豪華メンバー。秋田さんは聖愛高校で我々の1歳上の77歳、サックスも75歳と後期高齢者。しかし、秋田さんのシャンソンは東北の「ダミエ」と言われるくらいの折り紙付き。声の張りと艶は未だに健在でした。またユーモアを交えた軽妙なスピーチは抜群。聖愛高校時代の思い出で弘高から、相馬正一先生と石倉金庫先生が非常勤で教えていたという。相馬先生通信制の時代でまだ独身で、女子高ではすごい人気だったそうだ。
 漣さんの、フランスの「山」というシャンソンを、津軽弁でアレンジした「ふるさとの山」高木恭三の方言詩もあり、思わず涙が滲みました。
 4人が全員元気をいただき、「良かった」「良かった」の
拍手とともに帰路についたのでした。


2021年7月12日月曜日

さんきゅう会東京支部総会中止します

 さんきゅう会の皆さまお変わりございませんか。

最近よくある会話ですが「うちましたか?また打ったね」。コロナのワクチンのことを聞いたら答えは大谷のホームラン」という次第。オリンピックがもうすぐ開催されますが、東京では四度目の「緊急事態宣言」が発出され、このような状況では三蜜かつ大人数の集会は無理でしょう。


去年の年の弘前での総会中止に引き続き東京支部の総会も中止とします。早くコロナが終息していつも通りの生活に戻りたいものです。

今度お会いできる日までお元気で。

さんきゅう会東京支部長 杉見徳明



2021年6月3日木曜日

柏農高校前停留所

岩木町から平川市 へ移動しました。

 津軽平野の田んぼから周囲をぐるりと見渡すと、弘前は盆地であることが良くわかる。岩木山だけでなく周りにぐるりと山が囲んでいる。この辺の田んぼからは久渡寺山が良く見える。


 弘南鉄道黒石線、「柏農高校前停留場」と書いてある。この電車で弘前に通った方もたくさんいるのじゃありませんか?
 今は無人駅。遠くに見えるのは岩木山。
 柏木農業高校の女子生徒は、今年も早乙女姿で田植えを行った。

田植えが終わったばかりの、一面の田んぼと岩木山。
「俄トリテツ」に絶好のチャンス到来。電車が近づいてきた。
 思わず近づいてきた電車の車体をよく見たら、東急の電車でした。地下鉄仕様じゃありませんか?
この電車で世田谷の桜新町駅から元の会社のある有楽町まで通いましたよ。ここでまた出会えるとは奇遇ですね。
あっという間に懐かしの電車は去っていきました。
平穏な人生のように。



田んぼに映った岩木山

 皆さん、新型コロナのワクチンは接種しましたか?私は明日6月4日、かかりつけ医で打つ予定です。2回目は3週間後6月25日の予約です。青森県もこのところ急激に感染者が増えて、病床使用率49,8%となり、ステージ4が目前となりました。その後急遽ベットを確保、今は30%台を回復しました。県の発表で弘前の感染者増加は、さくらまつりの影響が大である可能性があるの発表もあった。弘前の市長は疫学的根拠を示せとか、噛みついている。知事と市長の醜い争いが起こっています。どこも一緒ですね。そんなこととは関係なしに、津軽の風景はのどかです。

田植えが終わったばかりの水を張った田んぼには、逆さ富士ならぬ逆さ岩木が映っています。

ここは岩木町。道端には濃い紫のアヤメが植えられています。
ぽっかり浮かんだ白い雲の岩木山。田植えの済んだ、田んぼ
とアヤメ。日本の風景はいいなあ!!
津軽平野の田んぼからはどこからでも岩木山が眺められます。



2021年5月23日日曜日

酸ヶ湯温泉と雪の回廊

 5月も下旬に入り、西の地方では梅雨入りが報じられている。東北北部ではまだまだのはずなのに、このところ毎日、ぐずついた天気が続いている。 ゴールデンウイーク後半の5月4日は良く晴れて、酸ヶ湯から十和田湖に続く「八甲田十和田ゴールデンルート」も除雪が終わり開通したとのこと。5か月振りに通れる らしいと聞いたので出かけた。

 酸ヶ湯温泉の駐車場は他県Noの車でごった返していた。東京神奈川の他に、沖縄Noまでみつけた。写真右が雪の塊。中央は酸ヶ湯温泉本館。左は建て増した自炊棟。三角屋根の奥には八甲田連峰の主峰大岳。
 酸ヶ湯温泉は全国一雪の積もる場所で有名になった。今年は最大443cmを記録。5メートルを超えたこともある。そんな雪深い所なのに、温泉とスキー客が全国から集まる。
八甲田大岳は、1,584.4mで岩木山よりやや低いが、なだらかで比較的楽に登れる。初めて登ったのは小学校の遠足である。そのせいか、以来私は登山の魅力にとりつかれた。    
      
 酸ヶ湯から八甲田山を通り十和田湖に続く八甲田十和田ゴールデンルートは抜群の景色を楽しみながらの快適なドライブコースである。しかし有数の豪雪地帯のため、春の初めから酸ヶ湯と十和田湖から同時に除雪を行う。そして、八甲田の山中でドッキングし、全線開通するのはゴールデンウイークの前半である。このルートは道の両脇に厚い雪のカベを残す。それは雪の回廊と呼ばれ、ウオーキングの企画も行われている。
この山岳ルートの最高地点は千メートルを超える笠松峠。八甲田連峰の最高のビューポイントは睡蓮沼であるが、そこまではまだ行くことが出来ない。道端に駐車している人は県外から来てスノーボードを楽しんでいる人みたい。
雪のカベの道を走る車は温泉に向かうのか?十和田湖に向かうのか?春の八甲田の楽しみ方は様々です。
地獄沼の温泉熱で、早くもフキノトウが咲いていました。





2021年5月9日日曜日

弘前りんご花まつり

 弘前ではさくらまつりが終わったころに、りんごの花まつりが 始まる。今年はさくらまつりと同じように、入場者の検温、連絡先の記入に感染対策を充分して、会場の常盤坂のリンゴ公園に入場した。

 弘前市の南部のリンゴ畑の中にあるリンゴ公園の中心にあるのが「すり鉢山」。見下ろしたリンゴ畑と岩木山。リンゴの花はまだ3分咲き程度か、白くかすかに霞んでいます。
 すり鉢山は江戸時代、黒船来航の頃、津軽海峡にもロシア船が度々やって来た。藩では撃退の大砲の練習の的として築いた人口の山。標高83mでぐるりと360度を見渡せる。岩木山の他白神山地、八甲田連峰の眺めは絶景です。
岩木山とりんごの花のコンビネーションもオツですね。
スリ鉢山の周囲にたくさんの種類のリンゴの若木が植えられている。思わず、リンゴの花を撮影する人がいました。
 りんご公園の中で、三角のピラミッド型の屋根の目立つ建物は弘前シードル工房kimoriです。出来立ての弘前シードルを味わうことも出来ます。
 弘前シードルは日本のシードルの発祥の地です。最初朝日シードルとして発売され。その後ニッカウヰスキー弘前工場に引き継がれました。その時のレンガ倉庫が昨年、弘前レンガ倉庫美術館として開館しました。
工房の前のリンゴの木の花はかなりほころんでいました。
弘前市の南の住宅地、大開4丁目にある弘前南高校の周辺のリンゴ畑。ここのリンゴの花は満開状態でした。
 リンゴ畑に囲まれた、風光明媚な南高校が開校したのは
昭和38年(我々が3年生の時)。それが今は、少子化の影響で2023年から閉校が検討されているとのこと。時の流れはなんと急激にやって来るものですね!


 





2021年4月30日金曜日

下北半島の春(早掛沼と鯛島と桜)

 弘前のさくらが終わるころ、下北半島のさくらは満開となる。下北一の桜の名所はむつ市の早掛沼 公園といわれる。今まで下北に桜の季節に来たことは無かったが、今回はちょうど運よく、満開に当たった。

むつ市の貯水池、早掛沼の周辺の小高い丘に約400本のソメイヨシノが植えられている。サクラはまだ若木が多が、爽やかなピンク色で清々しいサクラであった。
平日の昼時であったが、人出も少なく出店もない。
花見の喧騒もなく、好天はすっきりと少年のような純真な
心になれました。
 下北半島のもう一つの桜の名所は、マサカリの西南端、脇野沢村の愛宕山公園。ここから望む海中に鯛が泳いでいるような鯛島。タイとサクラの共演と言ったところ。
帰り道は、下北半島の脇野沢港より陸奥湾フェーリで対岸の津軽半島の蟹田港へ向かう。船は611トン。陸奥湾の横断は1時間の船旅。ほとんど揺れもなく快適であった。
 
 陸奥湾横断の旅は下北半島や津軽半島の眺めを眺めながら、この日はイルカの姿も見ることも出来た。
 遠くに見えるのはむつ市の釜臥山、878,6mの山頂には大湊海上自衛隊のレーダーのドームも見えます。
 下北半島に来るのは夏が多いが、春も秋もまた名所がたくさんありますよ。







下北半島1dayドライブ(尻屋埼の寒立馬)

 4月26日、弘前公園の ソメイヨシノも大方散り果てたが、良い天気なので下北半島へ日帰りドライブを思いたった。

 目的は尻屋崎の県天然記念物になっている「寒立馬」(かんだちめ)を見る事。下北半島のマサカリの北東の先端、太平洋に突き出たところが尻屋崎である。尻屋崎に続く道路は毎年12月1日から3月31日まで冬季閉鎖である。越冬放牧地に移動していた寒立馬は、今月2日に尻屋崎灯台周辺に放たれた。厳しい冬にも耐えられ、たくましい体格の馬が雪を体じゅうに付け、寒空に立っている姿を観光ポスターで見たことがある。春になって放牧された姿を身近に見たことが無かったのでどうしても見たかった。

荒波の太平洋に向かって灯りをともす、白亜の尻屋崎灯台。
この日は灯台の辺りで姿を発見できず。岬をぐるっと探しても見つからなかった。

あきらめて帰ろうとしたとき、草原の向こうに何やらドラム缶のような物体が見えた。近づいてみたら寒立馬であった。一頭は草を食み、もう一頭

意外にガタイも大きく、ガッシリと太っていて、足は短いが太く丈夫そうに見える。
もう一頭は休んでいる様子なのか?こんな格好をした馬も見たことが無い。
最初2頭だけかと思ったら、近くにたくさんの馬の群れがあった。
 海の近くにもまだ群れがいた。今年は25頭が放牧されているとのこと。
 子どもの頃弘前駅には、乗合馬車がいた記憶がある。冬は馬橇が町中を走っていたので馬は身近な存在だった。
 しかし、厳しい自然の中で生きるタクマシイ、寒立馬に遭えて幸福な気持ちになりました。 




2021年4月27日火曜日

オオヤマザクラの桜並木と岩木山

 岩木山神社のある百沢から、藩政時代からの湯治場 嶽温泉へのドライブ。山容を変える岩木山を眺めながら、弘前公園のサクラが散ったころは、オオヤマザクラノ桜並木を楽しむことが出来る。

 百沢から枯木平までの総延長20㎞に6500本のオオヤマザクラが植えられている。これは世界一長い桜並木だそうだ。すぐそばに岩木山がせまってくる。

 オオヤマザクラはソメイヨシノが終わったころに、小ぶりだが濃いピンク色の花を咲かせる。
 まだ若い木なので、これからどう育っていくのか楽しみでもある。
 この道路沿いには津軽カントリークラブや岩木青少年スポーツセンター等施設もあり屋外スポーツが快適に楽しめる。
 岩木山の反対側には白神山地などの山並みも見える。
 また石坂洋次郎の文学碑もあり、「青い山脈の」のモデルになった眺めとも言われている。
四季折々に楽しめるドライブコースであるが、なんと素晴らしい眺めではないか?
岩木高原あたりからの岩木山は、津軽富士の名に恥じぬ形をしている。






2021年4月25日日曜日

今年の弘前さくらまつりあれこれ

世の中は三回目の緊急事態宣言も出され、遠く離れた青森はまだまだ遠くの出来事のように感じていた。しかし今日この頃は県内でも毎日20人、30人と感染者が出て、青森市のバー、スナック、病院、介護施設などで連日相次ぐ 感染者、クラスターが発生した。県は青森本町と周辺の酒類提供店に初の時短要請を行った。青森市で医療ひっ迫の際は弘前市に援護を要請しなければいけなくなるとの状況である。弘前の夜の繁華街は以前からもう死んだような状態で、青森市で相次ぐ夜の街のクラスター発生は老人には考えられないことであきれている。

そこで感染には細心の注意を払いながら、桜の公園に3回目の訪問をした。

杉の大橋の前、いつもは立ち止まって写真を撮る人でごった返す場所。橋の中央にコーン型の標識の通り、密を避けて一方通行になっています。もっと混むところは一方通行です。園内は酒は持ち込み禁止、立ち飲食の禁止等でまことに静かで風流な花見です。

下乗橋も写真スポットで歩くことも出来ないほど渋滞をしますが、桜は満開なのに今年はこのとおり。
4の丸護国神社前の満開のシダレザクラ。まるでさくらのシャワーを浴びてるようです。
公園は行く度に新しい発見をする。西濠の春陽橋の警備員さんに教えてもらった、岩木山の撮影スポット。
 西濠の桜のトンネルから覗く純白の残雪を蓄えた、岩木山遠望。サクラの冠かネックレスをしたおいわきやまです。
東内門与力番所前の日本一古いソメイヨシノ。旧弘前藩士、菊池楯衛が明治15年(1882)に植栽した。ざっと139歳
以上。ソメイヨシノの樹齢は6,80年と言われるが弘前公園には百年をこれモノが400本以上ある。いまだに元気に咲いています。
これまた日本一太いソメイヨシノ。幹回り、573cm。
樹齢は不明ですが日本一古いソメイヨシノと同時代、明治15年頃か?
弘前公園の桜の楽しみ方も色々ありますが、春夏秋冬に応じ
た深さがあり興味は尽きません。