2013年8月11日日曜日

コンデ・コマ物語出版祝賀会(2次会)

 三戸君の祝賀会の会場に入って驚いたのは、正面舞台に船沢地区で今年運行されたねぷた絵が飾られていました。このねぷた絵のテーマがコンデ・コマだったのです。
 コマこと前田光世もねぷた絵になると勇壮な恐ろしい形相になっていますが、著書の写真で見る限り、あの柔道世界制覇のつわものと言うよりは立派な柔和な紳士に見えます。
 著書を読んでいると私には三戸君にコンデ・コマが乗り移った様にか感じられます。船沢中学の校長に就任して、コンデ・コマと運命の出会いをした、彼の生き方がとても似ているように感じられます。花束贈呈のときの三戸夫妻の笑顔とさんきゅう会大田会長も貫禄があってカッコ良かったです!  2次会はいつもの小島君の店カーニバル、遠方から駆けつけた方も3人参加され、にぎやかに楽しくひと時を過ごしました。三枚目の右端は店主の小島君です。

2013年8月10日土曜日

三戸君の「コンデ・コマ物語」出版祝賀会


2013年8月8日(木)17時から、土手町のホテルで、三戸君の「コンデ・コマ物語」出版祝賀会が開かれました。
90余名n参加者中3割が、「さんきゅう会」メンバーでした(愛知県日進市、茅ヶ崎市、荒川区からの参加を含む)。
高橋先生、佐藤先生と、恩師二人のお姿も見えました。
鏡ヶ丘同窓会長の祝辞に続く花束贈呈は、三戸君へ同夫人から、同夫人へさんきゅう会長からという、二段階で行われました。
「コンデ・コマ物語」を映画化する企画もあるとの報告もありました。
舞台後方のネプタ絵は、今年の船沢ネプタに使われたもので、三戸君へ贈呈されました。
中締めの後で、「さんきゅう会」全員が登壇し、「高校三年生」を合唱しました。




ーーーー 三戸君のあいさつ文 --------
 「巌城の武士(もののふ)」に生きる
 子供たちに明日への「夢」と、郷土に生きる「誇り」を与えたい。
そんな単純な想いを抱いて生きて来た。「気がついたら」、大河アマゾ
ンを二度渡っていた。更に「気がついたら」、「コッデ・コマ物語」の本を
書いていた。次に「気がついた」時、一体、何をしているのだろうか…。
 「気がついたら」、私のこんな熱き想いの百倍、千倍、否、∞倍のス
ケールで生き抜いた人物が130年前ヽ巌城岩木の麓に生まれた。「コ
ンデ・コマ」前田光世である。大きな夢を抱きヽ18才で弘前を出奔し
た。親を騙すが如くであつたという。
 彼自身にとつても、大きな夢をガムシャラに追い求めているうちに、
「気がついたら」アメリカに、またヨーロッパにいた。そして中南米、南
米に。更に「気がついた」ら、アマゾン開拓に人生のすべてを懸けてい
た。
 何度も錦を飾って故国へ帰るチャンスが在ったにも拘わらず、それ
らを全て拒否してアマゾンに客死した。
 何故なのか、その本当の理由を探る事は至難である。それは彼自身
にとっても、正に「気がついたら」なのだ。
 我々は、日本の現状を思う時、誇りと夢を失いつつある日本人を目
の当たりにする。祖先達が命を懸けて築きあげた祖国日本を、何とか
しなけれぱと誰もが感じでいる。
 それだけにこの城下弘前に生まれ、26歳の時、アメリカに旅立っ
た若者「前田光世」の生き様が今、改めて浮き彫りにされてくる。
 そんな想いで書いた「コンデ・コマ物語」です。読者の皆様が自分の
周囲にいる若者達に、巌城の麓の城下弘前に生まれた世界の英雄、「コ
ッデ・コマ」(前田光世)の存在を教え、彼の武士としての生き様を伝
えて下されば、著者としてこの上ない喜びで在ります。

 ご多忙の中、ご参会頂き、真に有り難く、心から感謝申し上げます。
  平成25年8月8日
                       三戸 建次  

2013年7月18日木曜日

今年の弘高ねぷた

昨夜(7月17日)恒例の弘高ねぷたが出陣した。今年は弘高創立130周年を記念して同窓会の大型ねぷたも、クラス作成のねぷた21台の最後を飾った。
 思い出せば高校三年生のときは80周年の大型ねぷたが出陣した。あれから50年たったのである。参加した同窓生は約100人、わがさんきゅう会からは5人とチョット少なかったが、土手町あたりの沿道で多数声援を送ってくれたひともいた。
 女性が目立つ今の弘高ねぷたの後について、50年前を思い出しながらしっかりと青春をした一夜でした。




2013年7月7日日曜日

2013総会

 2013年7月6日の東京地方は、梅雨空から一転した高温多湿でした。在京者の望郷の念もひとしお。
(翌7日の高温に合わなかった)日帰りの人は、かえって良かったのかもしれません。

(開会前)
 

(一次会)
「食べ放題・飲み放題」となっていたのですが、話に夢中で、元は取れませんでした。


(二次会)





2013年5月3日金曜日

桜満開は遠く

 今年のお花見は、異常気象に悩まされています。
 東京での青森県人合同観桜会は、予定日の4月7日には、満開をはるかに過ぎ、おまけに強風で、中止になりました。
 逆に、弘前の桜は開花が遅く、23日の桜祭り開始を過ぎて、28日に開花宣言ようやく出ました。この間の本丸有料入場者へは、次回の入場券が配られたそうです。
 「さんきゅう会」定例観桜会の29日は、咲き始めという雰囲気でした。城内のあちこちには、満開時の写真を張り付けた特大パネルがあり、観光客の撮影対象になっていました。再訪への誘因にもなってほしいものです。
 その後も低温が続き、咲き始め状態が続き、満開宣言は5月4~5日の模様だそうです。この気候では、リンゴの開花や結実にも影響しそうです。

 半世紀前の弘前では「日本一の桜」という自称に頼っていましたが、最近は、ツアー客とリーピーターを意識するようになったようです。

 最後の写真は、(笹森町の)東照宮の現況です。倒産騒ぎで借金の抵当となりましたが、本殿は無償で敷地は有償で、市が入手できたようです。(笠井記)

 

2013年4月29日月曜日

弘高さんきゅう会お花見

今年の弘前公園の桜は当初の予想を大幅に遅れ、本日(4月29日)外堀から咲き始めたところです。恒例のさんきゅう会お花見が弘前文化センターで行われました。


今年の参加者は今までで最高、定時総会並みの56名となりました。
今年は柿崎光顕さんの県選挙管理委員長就任祝いを兼ね、また相馬正一先生を偲んで文芸たかだに掲載された「太宰治と三島由紀夫」の評論(80P)のコピーなどの配布もありさんきゅう会らしく盛り上がりました。 

(田沢一之記)


2013年4月2日火曜日

「惜別」に相馬正

 朝日新聞(2013.3.30夕刊)の「惜別」に、相馬正が載りました。
 
「~相馬さんは、記者の高校時代の担任だった。教科書だけでなく自分で発掘したエピソードを交え、太宰や文学について語る姿が心に残った。」とありますから、この追悼文を書いた記者(桜庭泰彦さん)自身、鏡ヶ丘の同窓生のようです。

*(惜別)相馬正一さん 太宰治研究者
http://www.asahi.com/culture/articles/TKY201303300253.html
■作家の素顔 訪ね歩いて明かす
 同郷の作家、太宰治の研究に心血を注いだ。最初の著作は、青森県弘前市で高校の教師をしていた1968年に出した「若き日の太宰治」。太宰が通った小学校で学籍簿を調べ、同級生らを訪ね歩いた。実証的な手法で、知られていなかった太宰の素顔を明らかにした。
 「太宰は自分は子どものころ病弱だったと書いているのですが、同級生に聞くと、暴れん坊で大変だったというのですよ」 ~以下略