2021年4月25日日曜日

今年の弘前さくらまつりあれこれ

世の中は三回目の緊急事態宣言も出され、遠く離れた青森はまだまだ遠くの出来事のように感じていた。しかし今日この頃は県内でも毎日20人、30人と感染者が出て、青森市のバー、スナック、病院、介護施設などで連日相次ぐ 感染者、クラスターが発生した。県は青森本町と周辺の酒類提供店に初の時短要請を行った。青森市で医療ひっ迫の際は弘前市に援護を要請しなければいけなくなるとの状況である。弘前の夜の繁華街は以前からもう死んだような状態で、青森市で相次ぐ夜の街のクラスター発生は老人には考えられないことであきれている。

そこで感染には細心の注意を払いながら、桜の公園に3回目の訪問をした。

杉の大橋の前、いつもは立ち止まって写真を撮る人でごった返す場所。橋の中央にコーン型の標識の通り、密を避けて一方通行になっています。もっと混むところは一方通行です。園内は酒は持ち込み禁止、立ち飲食の禁止等でまことに静かで風流な花見です。

下乗橋も写真スポットで歩くことも出来ないほど渋滞をしますが、桜は満開なのに今年はこのとおり。
4の丸護国神社前の満開のシダレザクラ。まるでさくらのシャワーを浴びてるようです。
公園は行く度に新しい発見をする。西濠の春陽橋の警備員さんに教えてもらった、岩木山の撮影スポット。
 西濠の桜のトンネルから覗く純白の残雪を蓄えた、岩木山遠望。サクラの冠かネックレスをしたおいわきやまです。
東内門与力番所前の日本一古いソメイヨシノ。旧弘前藩士、菊池楯衛が明治15年(1882)に植栽した。ざっと139歳
以上。ソメイヨシノの樹齢は6,80年と言われるが弘前公園には百年をこれモノが400本以上ある。いまだに元気に咲いています。
これまた日本一太いソメイヨシノ。幹回り、573cm。
樹齢は不明ですが日本一古いソメイヨシノと同時代、明治15年頃か?
弘前公園の桜の楽しみ方も色々ありますが、春夏秋冬に応じ
た深さがあり興味は尽きません。







散って絶景 花筏(弘前さくらまつり、今年3回目の見物)

「散って絶景 花筏」とは23日弘前さくらまつり、公式の初日の東奥日報の記事の見出しを拝借しました。去年は公園に入れなかった反動で、今年は3回目のサクラ見物となりました。流石、東奥日報はうまいことを書きますね。

弘前公園のさくらの花筏はネットで「死ぬまでに行きたい世界の絶景」に選ばれています。記憶が定かでありませんが、visaかANAの「世界の絶景100」か何かに?日本でただ一か所、弘前公園の桜が選ばれていたはず。まさに世界一の桜じゃないですか?

昔から花筏はあったはずだが、あまり意識した事が無かった。花の命は短くてパッと咲き、パッと散る。散った後も長く楽しむ知恵が花筏という美しい名前を与えたのでしょうか?
弘前公園は東西南北に外濠がはり廻るされている。その外濠の両岸には桜並木がぎっしりと並んでいる。
 桜を植えた人は百年以上も前に、こんな絶景が出来るとは思ってもいなかったのではないでしょうか。

弘前は不思議な町である。明治戊申戦争では官軍方についたおかげで、弘前城は取り壊しにもあわず。現存12に天守に数えられる。また太平洋戦争では戦火にもあわずに生き延びた。東北にあっても他の藩とは違う歴史を歩んだ。
弘前公園にはたくさんの動植物が生息している。花筏の外濠を泳ぐつがいのカルガモ。最近シベリヤからやってきた、オオハクチョウが人気でしたが、寿命が尽きてしまった。代わりにカルガモがたくさん育って、よく太って人気者です。
花筏の出来る場所はその年によって違います。また筏の形も様々です。
追手門前の外濠。ここがいつもは花筏の定番スポットでした。今年は不思議と花びらがまばらですね。しかし、城門と緑の大松と枝垂桜が美しい人気の眺めです。





 

2021年4月22日木曜日

令和3年コロナ禍の弘前公園の夜桜

昨年は中止になった弘前さくらまつり、県知事からは極力中止との要請もあった。わが弘高の後輩の櫻田市長は、コロナ対策を万全にし、静かにサクラを楽しみましょうとの掛け声で実施を決断。入園者は名簿に記入、検温をおこなう。花見にサケは付き物だが園内持込みは禁止。飲食は指定場所のみ、花見団子や焼き鳥などの食べ歩きはもちろんダメですよ。今までの花見 からすると花見らしからぬ雰囲気ではあったが、今年の桜は今までに負けないくらい見事でした。まつりは4月23日からなのに開花は14日と早く。19日には満開となったので、昨夜は久しぶりに夜桜見物に出かけた。

外濠を見たら花筏が出来ていた。20日に強い風が吹いたので、満開の外濠のサクラの花びらが花の絨毯を敷き詰めたようになっていた。ここは裁判所前のお濠です。
いつも花筏が出来るのはここ、追手門まえの外濠です。昨日の風向きで場所が変わったようです。鏡のような水面に外濠の桜を映しています。後ろのモダンな建物は市役所。前川國男(日本建築家協会会長)の設計でもあります。
杉の大橋から中濠を覗けば、両岸からせり出した桜が水面に映っています。あちこちで、「キレイ!」「凄い!!」の声があがっていました。
5,6年前の大雪で倒れ枝は折れ、根っこまで露出してしまった御滝桜。(棟方志功が命名)公園内で一番大きな大シダレザクラでした。誰もがもう命は終わりかと思いました。しかしさすが市役所の樹木医などが特別な手当と養生を行い、見事に生き返りました。
漆黒の夜空にライトアップした天守閣が浮かび上がります。
本丸にはたくさんのシダレザクラが爛漫と咲き誇り、まるで
夢の世界の宴に来たようです。
西濠の両岸に並ぶ桜並木を春陽橋から望む。左岸は桜のトンネルです。桜の観客は一人も写っていませんが、昼の人出より夜が3倍ぐらいはあったようでした。今年の夜桜は、静かに夜の桜の美しさを愛でることが出来ました。
 こんな風景は日本のどこにもないと信じています。








2021年4月20日火曜日

今年の弘前さくらまつりは開催!!

昨日(4月19日)の7時のニュースで、オラホの弘前のさくらまつりが放映されていた。昨年は新型コロナの影響で、初めて公園が閉鎖され祭は中止となった。毎年開催されているさんきゅう会の花見も中止。今年はコロナの変異株が現れ、第4波の様相を呈し青森県でも知事は春祭り、歓迎会は自粛するようにとのお達しを出した。ワクチンの接種には後れを取っている、弘前市長ではあったが、元弘前市の観光課長で名前も櫻田さん。万全のコロナ対策をしたうえでのまつり決行を決断した。桜祭りは23日からの予定だったが開花は史上2番目の速さ。19日には園内満開の発表となったので、2年ぶりの公園の桜見物に出かけることとなった。


2の丸と3の丸を結ぶ杉の大橋。老木のソメイヨシノの枝ぶりが見ごとです。

弘前のさくらの特徴は花のボリューム感が違います。年頃から言うと姥桜ですが、公園課の職員の管理が日本一。涙ぐましい努力の賜物です。
杉の大橋を渡り南内門。この門をくぐれば「桜の園」が展開する。まるでドラマの始まりのよう。5つの城門と3っの櫓、外濠と内濠が現存する公園は貴重な存在です。

お城と桜にあと一つの主役は何と言っても岩木山。
天守閣展望台からの岩木山は山頂付近は雲に覆われていますが白い雪と青い松、桜のコントラストはまたみごとぞ!!
本丸の桜の主役はシダレザクラで種類もたくさんあります。大シダレザクラは枝ぶりが芸術的です。
西濠と二階堰に植えられた桜並木が「さくらのトンネル」。
今まだ7分咲きです。若いころのデートの定番、西濠のボートは今年はコロナ対策で休業。
トンネルは夜はライトアップするのでロマンチックです。

今年もさんきゅう会のお花見は中止。8月の総会も見通しの立たない状態ですが、変異種のコロナに罹らないように用心しながら、故郷便りを続けてまいりますのでよろしく。
                   ターザン






2021年3月5日金曜日

小島隆君の追悼文への写真の追加

 昨日アップの小島隆君の追悼文に「写真が無い」との指摘を受けました。三浦雄一郎君より中学時代の記念写真をメールで送っていただき、「39会東京」のブログアーカイブ に掲載されている写真をセレクトしてもらいました。その中から、いくつかアップいたします。しばし、あの頃にタイムスリップしよう!!

平成21年(2009)第2回さんきゅう会のお花見。ピクニック広場にブルーシートを敷いて、車座になり、花吹雪を紙コップで受けながら、酒を飲み交わした。こんな素敵なお花見は2度と戻ってこない。右端で酒に手を伸ばしているのが小島君!

三浦君提供、附中の同期会の記念写真。後列左端が小島君。
さんきゅう会の同期もたくさん参加しています。
   平成22年(2010)4月29日開催。

平成25年(2013)7月15日毎年恒例の柿崎邸のガーデンパーテー&BQ大会。小島君は後列左からふたり目。おつむが大分白くなりましたね。

平成23年(2011)12月8日、青山洋子さんの県文化賞受賞祝賀会。
青山さんの両脇の佐藤圭一郎先生、高橋菊弥先生もこの頃は元気でした。
 その他まだまだ、若いころの懐かしい、仲間の姿に会えるかもしれません。たまには39会ブログアーカイブをめくってみてはいかがですか?





2021年3月3日水曜日

さんきゅう会のアイドル?小島隆君のご逝去を悼む

 新宿歌舞伎町でライブハウス・カーニバルを開き、一時隆盛を極めたが、バブルの崩壊などの影響を受け、弘前で再出発した小島隆君。

 体調不良などもあり、カーニバル弘前も休業し、「サンタハウス迎賓館」に入居していました。その後サンタハウスとも連絡取れずの状態でした。この度、ご親族からの情報で、昨年9月14日にご逝去とのお知らせがありました。

 思えば彼の人生も波瀾万丈、さんきゅう会東京の初代支部長で総会の会場はいつも、カーニバルでした。弘前からの上京者がいれば、良く仲間が集まっていたものです。

 弘前へ帰郷してからまた再開した、「カーニバル・弘前」は行けば誰か、さんきゅう会のメンバーがたむろしていたものでした。

 2008年10月18日、弘前安原のアクアノアコンサートホールで開かれたカーニバル30周年(東京・弘前通算)記念コンサートの時が弘前での絶頂期だったような気がします。コンサートは鳴海光彦君企画。さんきゅう会カルテット(三上邦康、金沢正治、板垣光信、木村公美)の友情出演も光っていましたね。

 昨年は新型コロナに振り回され、これから高齢者向けのワクチン接種も不安な事ばかり。確かに今の世は、大きく瓦解し新しい世界が始まっている気がいたします。

 小島隆君のご冥福を心よりお祈りいたします。

                       合掌

                       


2020年12月20日日曜日

光栄なつこさんがお亡くなりになりました。

 令和2年5月9日、光栄(旧姓矢田)なつ子さんがご逝去されたとの報がご家族からありました。高校時代ののHRは(14-26-38)です。ご遺族の住所は、埼玉県深谷市高畑379 円能寺です。

矢田さんは当会の集まりに多く参加されています。当ブログから矢田さんの写真を転載させていただきます。





(事務局 小田桐記)